2017春清里「リトリート後に変化があった」方

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  • 今回も素晴らしいリトリートをありがとうございました。
    5回目の参加となりますが、毎回違った気づきとギフトをいただいてくるので、それが私の魂の栄養になっているようで、欠かせないイベントになっています。

    これまでのリトリートでは、期間中に深いプレゼンスを経験し、日常に帰ってくると、それがだんだん薄れていくことがほとんどでしたが、今回はリトリート後にさらにプレゼンスが深まっていったところが、いつもと違っていました。

    5回目ともなると、リトリートまでをどう過ごして準備するかとか、期間中のペース配分など、大分要領を掴んでいるものです。それでも、今回は特に強くコミットメントして臨んでいたと思います。

    そうして始まったリトリートでしたが、あっという間に3日間が過ぎ、私はなかなか深まらない自身のプレゼンスに焦りを感じていました。あんなに準備して臨んだのに、このまま日常に帰って行かなければならないのかと思うと、とてもがっかりしたやりきれない気持ちになります。

    そこで、3日目の夜のセッションで、レナードにガイダンスをもらおうと挙手をしたのですが、その夜は順番が回って来ませんでした。それが私の中に埋もれた深い絶望や悲しみ、怒りなどをトリガーしたので、その夜はその感情をひたすら解放していました。

    最終日になってやっと順番がやってきたので、早速レナードにガイダンスを求めると、彼は私の中の彼に対する憎しみを指摘しました。確かにそれは私の中にありました。
    レナードを師と慕いながらも、これまでにとても厳しい態度を何度も取られたことがあったので、一言では言い表せない複雑な感情が渦巻いていたのです。何年も前、みんなの前で「あなたはまだ準備ができていない」と言われたこともあったし、他の人には容易に与えられるガイダンスが、私には決して与えられないと感じたことも多々ありました。

    自分なりに準備して臨んでいるはずなのに、と心外な気持ちもありましたし、私には何をどう準備したらいいのか、何のヒントも与えられなかったので、ただただ途方に暮れるばかりでした。そのようにされたショックと悲しみと怒りでとても辛かったのですが、それでもレナードに対する私の信頼が揺らいだことは一度もありません。

    彼がそう言うには、必ず意味があると思って、自分なりに道を模索しながら、できることを積み重ねるということを何年もしてきました。毎回、今回はどうだろう?と思いながら、参加してきたのですが、今年は彼から出された宿題が、初めて受け取れた気がしたのです。

    レナードが私の中の憎しみを指摘したとき、彼は「私を憎みなさい」と言いました。それに応えて、私は自分の中に憎しみを浮上させました。彼が他の方の質問に答えたりして、セッションが進行していく間、私は自分の席でひたすら浮上する感情を感じていました。私は彼に神を重ねてみているところがあるのですが、彼への憎しみは、すなわち神への憎しみになります。

    随分前から神への怒りには取り組んできましたが、なぜか憎しみはこのときまで向き合ったことはありませんでした。神をどんなに憎んでも、また怒りをぶつけても、神には何らダメージを与えることはできないことに、深い絶望感と虚しさが湧き起こってきました。

    いつもはこれが出てくると諦めてしまっていましたが、このときはそれもそのまま受け止めればいいのだと気づけたので、ひたすら虚しさと絶望を感じていました。心も体もその痛みに震え、心の中で私は「痛い、痛い、痛い」とずっと呟いていました。これを感じたくなくて、私の魂は一体どれほど長い間、これを抑圧して来たのでしょう。

    セッションの進行の途中で、レナードは「ちゃんと私を憎んでいるか?」と声をかけてくれたりしたので、意識してくれているんだなと感じました。

    結局、この痛みはリトリート期間中にはすべて解放しきれませんでしたが、それでもリトリートが終わった時には、自身のプレゼンスが以前よりずっと深くなっていることが感じられました。

    このときやっと、私は彼のこれまでの厳しい態度の理由に気づくことができたのです。彼はずっと、私の中のこの憎しみを浮上させようとしてきたのでした。けれど、今まで私は彼の招待に応えることができませんでした。何度も彼は呼び掛けていたのに、なるほど私は準備ができていなかったのです。
    今回、5年越しに彼が差し出し続けてきた宿題を受け取ることができました。

    今まで怒りや悲しみはそれなりに受け止めてきたけれど、憎しみを通って辿り着いた虚しさや絶望感、悲しみは、それよりもずっと深いものでした。これに触れることができたことで、これまでどうしても深まらなかったプレゼンスがぐっと深くなっていった気がします。

    ここまで一貫して変わることのなかった彼の態度に、私はとても深い愛を感じます。彼は自分が嫌われるとか憎まれるとか、そんなところには一切お構いなく、関心があるのはただ私たちの目覚めのみです。その在り方の奥には、計り知れない愛があります。その愛を、ようやく受け取れるところまで来られたことに、深い感慨を覚えます。

    リトリートの最後に、彼にハグしてもらいましたが、頬を寄せて、しっかり抱きしめてもらったのは初めてでした。私の中のわだかまりが融けたからかもしれません。辛かったこれまでの私の歩みを彼は知っていて、受け止めてくれているようにも感じられて、自然とこみ上げるものがありました。

    意義深い、美しいリトリートから帰ってきても、私は感情解放を続けています。そして、日々深くなっていくプレゼンスに、執着せずに根付けるよう、これからも自分に向き合い続けていきたいと思います。

    最後になりましたが、このかけがえのないリトリートを毎年開催するためにご尽力くださっている今西さん、当日お手伝いの皆さん、清泉寮のスタッフの皆さん、通訳の渡辺さんに、心から感謝申し上げます。
    多くの方々の支えの元、このような場に参加させていただけますこと、本当に有り難く、感謝にたえません。私をここに導いてくださったすべてに、ただただ感謝です。ありがとうございました。

    (内山 真理子さん)

  • エゴよ、これまでありがとう。
    私には、プレゼンスにいる権利がある。
    私はプレゼンスにいたいのだ。
    エゴよ、これまでありかとう。
    あなたの世界は、うるさすぎるし、ぐるぐる回って、結局満たされなかった。
    本当ではなかった。
    私は満たされた。もう大丈夫。
    私は静かに力強く生きたいのだ。
    もうおどおど他人の目を気にしたくない。
    私は花が好き。花と一緒にいたい。
    花はうるさくないし、惑わしたりしない。
    いつも適切に答えてくれる。
    風も私を批判しない。草も木も批判しない。
    お日様もここにいていいよと言っている。
    いつも心をあたためてくれる。
    もう自分には、ワンネスで十分。
    批判されてもワンネスがあります。
    お花は、いつも自分と一緒。
    インナーチャイルドも安心しています。
    エゴよ、これまでありがとう。
    レナードさん、すばらしい教えをありがとうございました。(柏倉 明裕さん)