穏やかな心構えでプレゼンスを覚えている

レナードさんの教えに出会って以来、「いま、ここ」のプレゼンスに在る時間を持つことが、私の毎日にとって欠くことのできないものになりました。

プレゼンスにあるときの私は、深い海の底で呼吸する一匹の魚になったように、あるいはただ揺れる生命の炎になったように、なります。私は海のリズムと共にたゆたう魚になり、私だけのリズムで揺れる炎になり、私の内も外も過去も未来もすべてが「いま、ここ」で繋がっていることをはっきりと感じ、あると思っていた問題はひとつ残らず消え失せ、そこにはただ湧き上がる喜びだけがあります。なにかを所有する必要も解決する必要もなく、その湧き上がる喜びにただ身を浸すとき、生きることは喜びなのだということを私は知ります。プレゼンスは、そのようにして私を深くくつろがせ、私の存在のすべてを一瞬にしてすっかり満たしてしまいます。

座る時間もなく慌ただしく過ごし、プレゼンスの世界を訪れる瞬間を持てずに一日を終えた日、ベッドの中でふと我に返り、泣きたいほど混乱し惨めな気分で一杯の自分を発見することがあります。 頭の中では、マインドが今日やり残したことと明日やらなければならないことを声高に話し、エゴが他人や自分を責めています。
私は、今日一日いかに自分がプレゼンスから遠ざかっていたかに気づき、隣で眠っている娘の寝息に耳を澄まし穏やかな暗闇に目を凝らして、自分を「いま」に連れてきます。

頭の中ではまだ騒がしい声が響いています。「いまここ」の静けさに満ちた現実に立ち戻れた私は、頭の中の声たちの話をしばらく聞いたあと、そっと話しかけてみます。
「明日するべきことや今日すべきだったことの、いまここに存在しない問題を、どうやっていま、解決するの?ここにあるのは、ほら、暗闇と、静けさと、眠っている子どもだけだよ。」
すると声はぱったりと止み、惨めさは喜びにとって代わり、私は静けさと安らぎに包まれ、眠りに落ちます。

プレゼンスに在ることを思い出すのが一日の終りのベッドの中だけ、ということにならないよう、私は自分の家の中に「プレゼンス・ポイント」を作ることにしました。どんなに慌ただしく過ごしていても、その場所に来たときには必ず自分をマインドから「いま、ここ」の現実の世界に連れ戻す、という場所を、自分で決めます。本棚の前。ポトスの前。キッチンの電気ケトルの前。

そうやって「プレゼンス・ポイント」を決めておくと、どんなにマインドに巻き込まれて過ごしていても、本棚を拭くとき、ポトスに水をやるとき、お茶を淹れるとき、はっとプレゼンスに在ることを思い出すことができます。そして、本と一緒に、ポトスと一緒に、電気ケトルと一緒に、「いま、ここ」に存在します。

すると、プレゼンスのあの深い安らぎが瞬時にやってきます。私の呼吸と共に世界も呼吸し、私の揺らぎと共に世界も揺らぎ、自分が男性なのか女性なのかも定かではなくなって、私はただ存在します。そのプレゼンスの状態は、たとえばお湯が沸いたことを知らせるケトルのパチンという音が聞こえるまでのほんの短い間しか続きませんが、計り知れないほど私を満たします。

プレゼンスの深みから引き上げたとき、私は自分が30代の女性であることを思い出します。自分の、少しくたびれた手を見つめ、「かつて、この手じゃないときもあったな」と思うときもあります。男性の手を持っていたことも、黒い肌の手を持っていたことも、しわしわの手を持っていたこともあったな、と思い、この体でいまここに生きていることの奇跡を思います。

私は、まだ意識しなくてはプレゼンスの世界を訪れることはできず、無意識のうちにまたマインドの世界に引き戻されてしまう、マインドの世界をホームにしている状態です。でも、プレゼンスを自分のホームにすることが、私の最大の望みです。
プレゼンスを人生の基盤にできたなら、どれほど素晴らしいでしょう。
そのためにも、「穏やかな心構えでプレセンスを覚えている」という、レナードさんのこの言葉を大切にしながら、教えのツーステップを楽しみながら取り組んでいこうと思っています。

みなさんにたくさんの感謝をこめて。(30代 女性)