母と深く向き合って〜非難と罪悪感の解放

先日、3泊4日で実家に帰省しました。私は、母のそばにいると自分がしぼんでいくような感じがしてしまうので、長く一緒に過ごすことを避けてきました。
3泊4日も共に過ごしたらへとへとになってしまうかもしれないと不安でしたが、「もし母のそばでプレゼンスに在ることができたなら、抑圧している自分の側面に気づくチャンスかもしれない」という思いで行きました。

結果として、私はこの帰省でとてもたくさんの気づきを得、大人になって以来初めて、母と深く向き合う時間を過ごすことができました。

母と話すと自分はすぐにストーリーに巻き込まれてしまうのだ、ということにまず最初に気がついたあとは、母の話すストーリーではなく自分の内面に浮かび上がる感情にだけ焦点を当てること、過去の母ではなく目の前にいる母だけを見つめることを心掛けて母の話す声を聴くことにしました。

母の、批判と判断のエネルギーは私にとってはとても強力で、巻き込まれないようにするのは簡単ではありませんでしたが(実際のところ、かなり必死でした)、私がそういった状態で話を聞いているうちに、母が自然と母自身の子ども時代のことを話し始め、私は、母自身が感情を抑圧された子どもであったことを知りました。
母の中に傷ついた小さな子どもが見え、母が口にする批判の言葉が傷つきやすい子どもの必死の防衛として聴こえたとき、母への愛情が溢れ、母の語るストーリーは私を巻き込む力を失いました。

また、母と向き合ううちに、私自身の内面にも、非難と罪悪感をぐるぐると繰り返す根づよいエネルギーがあることに、気がつくことができました。
そしてその気づきと、私の「被害者のパターン」とを、自然な流れの中で母に打ち明けることになりました。母は口を挟まずに静かに聴いたあと、「親の離婚や再婚を経験した子どもは、そうやって自分を守らないと生き延びていけないものなのよ、きっと」と言ってくれました。(母は私が5歳の頃に離婚し、1年後に再婚しました。)

非難と罪悪感のエネルギーは、人生の責任を放棄していることの表れだと、レナードさんがおっしゃっていたことを思い出します。
子どものときにはあるいは責任を放棄するしか方法がなかったのかもしれませんが、いまはもう子どもではない私は、ほんとうの人生に参加するために、このエネルギーを解放し、自分の人生に責任を持てるようになりたいと、願っています。

たくさんの感謝をこめて。(30代 女性)