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次回の清里リトリートに向けて

リトリートは次回の清里で2回目になります。何度もリトリートに参加されている方のお話では、だんだん会の雰囲気がプレゼンスに焦点が絞られて内容が濃く純化しているとのことなので、今回も楽しみにしております。

初めてレナードさんに出会ったのは三千院で開催された会でした。レナードさんに横の椅子に座るように言われ、目と目を合わせて、何度か会話をしているときに「あなたは、また、頭で考えて答えようとしましたね」と、間髪を入れず指摘され、どうして、今、自分が頭で考えて答えようとしていることが分かったのだろうかと不思議でした。その後も、「頭で考えるのではなく、体で感じ、魂に響いたことを表現しなさい」とのレナードさんからの指導を受け、これまで頭で考えてばかりで、言葉で知って、分かったつもりでいた過ちを身をもって実感しました。

「考えなくても大丈夫です」「心配しなくてもプレゼンスにまかせていればプレゼンスが答えてくれます」いくつかのレナードさんの言葉が心の底に残っています。その時の体験には、魂が揺さぶられた衝撃があり、レナードさんの言葉が魂に浸み込みました。

レナードさんの言われることは、月に一度の、大原三千院のご門主である堀澤祖門先生の勉強会で、レナードのさんの御本がテキストにもなっていましたので、分かっているつもりでしたが、本を読むだけでは不十分でした。実際に、文章を超えて、肌で感じ、目と目を合わせて、魂と魂の触れ合いみたいなことが大切だと思いました。実際、レナードさんの横の席には素晴らしいものがあります。

以前は、自分は「分かっている」「もう十分だ」という気持ちでしたが、それは自分の興味が満たされて気が済んだだけで、分かったつもりになっていただけでした。レナードさんとの三千院での会話で生き方が変わったのは、魂が揺さぶられ、魂が響きを感じられるようになったからです。知識にはそれがありません。知識で人は立ち上がれません。人間が生まれ変わって、本当の意味で立ち上がって、本当の自分に出会って、自分の足で歩くには、魂が喜んだり、涙が溢れるような体験が必要でした。

その後も、これまで蓄積し続けてきた頑固な自分のヴェールを一枚一枚はがす必要がありました。それは毎月、堀澤祖門先生の指導の下でレナードさんの本を読むがとても役に立ちました。堀澤祖門先生は、十数年前に、教義や理屈で自己満足していた自分を引っ張り出して下さいました。先生の柔らかく導かれるお心に、言葉では言い尽くせない恩を感じます。先生ほど目覚めることの大切さを熱く語られる僧侶はおりません。

僕は、これまで一人っ子として親の言うことを聞く良い子で、代々続いた寺の跡取り故に檀家さんの期待を背負い、他人の評価を気にしながら知らず知らずのうちにいろんなことが負担になり、心が重たくて、どういたらいいのか分からなくなっておりました。そのくせ他人には批判的で、世の中を攻撃し、不平不満だらけでした。引っ込み思案で、何事にも自信がありませんでした。自信がなく、何もできない心の穴を、学問的知識で武装しておりました。

そのような自分も、レナードさんの本を読みながら、自分の心に向き合い、認め、受け止めることによって、少しづつ塊が溶け、ヴェールが剥がされ、魂が解放されて、心配しなくても大丈夫なようになりました。

リトリートでも、レナードさんの横の椅子で告白している方や出会った方々の言葉を聞いて、自分もそうだ、自分と同じだということを共有できたことが、心が通じ合い、分かり合えた素晴らしい体験でした。4月の清里リトリートに参加される皆様と、涙や感動を共有できますことを楽しみにしております。

悩んだり、苦しんで、心に痛みを感じている人、理屈の堂々巡りから出られなくなっている人、これから先どう生きていけばわからなくて本当の自分を見つけようとしている人、いろんな方々と共に、一人でも多くの人が、プレゼンスを感じて、心に大きな喜びと生きる確かさを得られますことを。一人でも多くの人が、心配しなくても大丈夫となりますように。合掌。

(柏倉 明裕さん)

2016春 清里リトリートにて

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