抑圧した感情が解き放たれる

プレゼンスに在るとき、私は自分が垂直に存在しているように感じます。「いま」というただ一点の、高みと深みを貫いて、私は存在します。一歩ごと、一呼吸ごとに新たな「いま」が貫かれ、そのたびごとに、私は新鮮で静寂に満ちた未知を発見ます。恐れの存在しないその未知、一瞬ごとに新しくなる実に見事で豊かな未知は、私を喜びで満たします。

そのプレゼンスの静かな世界で、自分の深みに潜む古い感情を、私はいま、発見し続けています。不安。恐れ。痛み。私が無意識的に抑圧してきたために、感じられることのなかった感情たち。その感情たちの声はとても小さく、うわの空でいれば聞こえないほどかすかですが、プレゼンスに在るとき、私はそのかすかな声をひとつずつ感じずにいることはできません。その瞬間に浮かび上がる感情を否定しながらプレゼンスに在ることは不可能で、痛みも喜びも、プレゼンスは分け隔てなく照らし出します。このプレゼンスの受容のパワーによって、私は自分の深みにどれほどの暗闇があるのかを、知りました。

無意識の暗闇に押し込められた感情は、しっかりと感じられ解放されることを求めていつもいつも私にささやき続けていたのだということが、いまははっきりとわかります。感情たちのささやきは私の見る世界に投影され、どれほど素敵な景色を眺めても、私はいつもどことなく不安でした。世界はこんなに美しいのに、どうして私はいつも不安なのだろうと、ずっと思ってきました。でも、いまはわかります。不安の源は世界の側ではなく、私の深みにあったのでした。

抑圧してきた感情の多くは、幼いころの母との関係に関連しています。自立できる年齢になって家を出た頃から、それまでに母との間で起きた複雑でメロドラマ的ないくつもの出来事を、私は客観的に振り返ることができるようになっていました。母が、私の母親である前にひとりの女性なのだという基本的な事実がしっかり理解できるようになると、母とのストーリーを違う視点で見ることができるようになりました。母には母の事情があったけれど、それでもそのとき母にできる限りの精一杯で私を愛してくれたのだということが、理解できるようになりました。そして私は、「幼いころの苦しい気持ちは、大人になって乗り越えたんだ」と思いました。

でも、このことがかえって、未消化の感情を無意識の領域に押し込めることになったのだと、いまは思っています。

ひとつのストーリーを別の視点から眺めることは、ストーリーと一体にならずにいるために、とても役に立ちました。でも、ほんとうにストーリーを手放すためには、これに加えて、苦しくて感じることのできなかった感情を感じきる、ということが必要で、私はこのことを、レナードさんの教えから知りました。私はこのステップをしそびれたために、まさに自分自身が作り出した不安の世界に住むことになったのでした。

ただ「いまここ」に在るだけで、レナードさんの教えのひとつひとつのステップが、やさしく自然に浮かび上がります。そのステップにひとつずつ向き合うことは、私に内奥からの深い喜びをもたらします。感情が解放されたとき、私の細胞のすべてがいっせいに安堵のため息をつくような、時が止まるような癒しを感じます。

私を導き続けてくれるのは、レナードさんの3冊の本です。これらの本は私にとって、すでに本であることをやめ、魂に寄り添う友人のようになりました。

たくさんの感謝をこめて。(30代 女性)