スペシャルインタビュー  天台宗無障金剛院のご住職、 横山豊宥さん

天台宗無障金剛院のご住職、 横山豊宥さんに清里リトリートの感想をお伺いしました。



質問まずは宗教の道に進まれたきっかけから教えていただけますか。

横山豊宥さん レナードと 2015年4月三千院特別クラスにて

 もともと子供の頃から物事を深く考える性格でした。「人は死んだらどうなるんだろう」「戦争はなぜなくならないんだろう」「人は何のために生きるんだろう」。そんな誰もが持つ疑問を延々と考えていました。そして20歳ぐらいの時、ふとしたきっかけで旧約聖書を手に取る機会があり、創世記の章の一文に目が釘付けになりました。それは「人は土から生まれて土に帰る」です。この言葉は、私にとってもの凄い衝撃で、まさに目から鱗が落ちるようでした。 人や鳥や花や虫など、地球上のすべての生き物はどうやって誕生したのかという疑問。もちろん、遺伝子情報に基づいて細胞分裂が行われることや、現代科学が遺伝子操作すらできることは理解しています。 でも、細胞の元になる部分を作り出すことはどうやってもできない。こんな凄いことを誰がやってのけるのだろうと考えたら、これはもうsomething great(偉大なる何者か)が存在するとしか思えない。 それがこの「人は土から生まれて土に帰る」という一文に集約されていると感じたのです。それまで宗教や神は一切信じていなかったのですが、この時の驚きが宗教について考えた一番最初の出来事だったように思います。


質問最初はキリストの教えにひかれたのですね。最終的には洗礼も受けられたのでしょうか。
 
 それが、キリスト教徒にはならなかったのです。正確にはなれなかった。我が家は特に熱心に仏教を信仰していた訳ではないのですが、元旦には寺社へお参りに行くしお布施もする。だから私が突然教会に通い出したことで家族は驚いたのでしょう。熱心に行けば行くほど強く反対されました。何も悪いことをしていないのにどうして反対されるのか? 宗教は人を救ったり幸せにするものじゃないのか?と、 とても不思議でした。もし私が日本ではなくアメリカに生まれていたらこんな風に反対はされなかったはずです。生まれた場所によって信仰すら自由にならない。差別や貧困、戦争なども、生まれた場所や時代によって人生に大きな影響を及ぼす。神がいるならなぜこんな不均衡が起こるのか? 反対されることでそのような疑問が次々と湧いてきて、答えを求めて教会に出かけていくと家族が反対する…その繰り返しでした。そのうち、他の宗教はどうなのかと興味が出てきて、新興宗教も含めさまざまな宗教に関する本を読んだり、説法を聞きに行ったりしましたが、結局答えは見つかりませんでした。


質問大学時代は、かなり忙しい学生生活を送られたそうですね。

 大学は文学部でしたが、英語が好きだったのでYWCAの日本語教師養成学科にも入学し、外国人に日本語を教える仕事をしていました。結婚して子供もいましたから、当時は本当に慌ただしい生活を送っていました。まだ専業主婦が当たり前の時代で、夫は働くことについていい顔をしませんでした。でも 私は日本語を教えるのが楽しくて毎日授業を行っていました。YWCAはキリスト教を基盤とした組織なので、当然、神父さんなどと会う機会も頻繁にあります。そういう方たちと何度も合ううちに、眠っていた信仰心に少しずつ火がついてきたのだと思います。


質問そしていよいよ比叡山との出会いですね。

 30代前半のある日、ふと目にした新聞に比叡山の千日回峰行を満行した阿闍梨様の記事が載っていたんです。その記事になぜか強く惹かれてしまって、気が付いたら涙を流していました。その時はそれで終わったのですが、後日、再び新聞に一日回峰行体験の記事が載っているのを見て一も二もなく参加を決め、大雨でずぶ濡れになりながら一晩かけて山の中を歩きました。その時は「いい経験をしたな」というぐらいでしたが、胸に刺さるものがありました。そこで再び比叡山を訪れ、「なぜ宗教に命をかけるのか、心身を捧げて行に挑んだその先に何があるのか、私は知りたい」と思い、そこから比叡山通いが始まりました。


質問家庭や仕事はどうされたのですか。

横山豊宥さん 2016年春清里リトリートにて

 日本語教師の仕事も主婦業も両立しました。でも仕事、家事、修行の3足のわらじを履く生活は本当に大変でした。週2~3日は 仕事、それ以外は比叡山通いという毎日です。朝は早朝から起きて家事をこなし、子供と夫を送り出した後、朝8時半の電車で2時間半かけて比叡山に行き、再び同じ時間をかけて帰宅。そこから夕食の支度や授業の準備などを行っていました。夫は家事と育児をしっかりやるなら日中は好きにしていいというスタンスだったので、どんなに疲れていても家事の手は抜けません。だから寝る時間を削るしかなく、当時は夜中の2時より前に寝たことがなかったです。


質問そうまでして得たいものがあったのですね。
 
 そうですね。以前の私は効率のことばかり考えているような生き方をしていました。例えば電車に乗る時は降りる時のことを考え、少しでも出口に近い場所に乗るようにしたり、それが賢い生き方だと思っていました。 でも修行場は、そのような効率とは無縁の世界です。比叡山では、1日3回、仏様に花と水を供えます。 1日3回ですから、当然花は枯れていないし水も減っていない。取り替える必要はないのに取り替える のです。それを淡々と心を静めてやっていく。まるで時間がとまっているかのようなその行為の繰り返しの中で、ある時に気づいたのです。今まで自分は何ひとつとして丁寧に向き合って来なかったかもしれないと。分刻みで動いていたこれまでの生活で、どれほど多くのものを見落としてきたのかと。とてもむなしい気持ちになって涙が出てきました。こんな生き方では駄目だ。生き直しをしなければいけない。 それで山に籠って本格的な修行に入ることを決意したのです。


質問山籠もりの修行は、ご家族に反対されませんでしたか。

横山豊宥さん 2016年春清里リトリートにて

 当然、家族全員に、反対されました。「冗談もそこまでにしろ」と言われました。でも、寝る時間を削って家事や仕事を一生懸命こなした上で嬉々として家を飛び出していく私の後姿を見て、まず母や姉が、これほど一生懸命にやるなら応援してあげようと助けてくれるようになりました。呆れていた娘も、最後には「家のことはやっておくから、やりたいようにやっていいよ」と言ってくれました。 夫には「僧侶になるなら離婚すると言ったらどうする?」とまで言われましたが、「それでも修行はやめません」と言ったら仕方がないなと笑って許してくれました。何か したい時に反対されるというのはよくあることです。そんな時は言葉だけで抵抗するのではなく、自分がいかに本気で取り組んでいるかということを態度で示すことが大切です。一生懸命、誠意をもって伝えれば、必ず伝わるはず。活き活きと幸せそうにしている人を見て反対し怒り続けられる人はそうはいないと思います。


質問山での修行は厳しかったですか。

 もちろん楽ではありませんが、知らないことを学ぶのは楽しくて仕方なかったですね。家のことをまったく考えなくてよかったので、昼夜問わず修行に没頭していました。そして、ついに僧侶の資格を得ることができました。しかし、残念ながら探していたものを見つけることはできませんでした。YWCAの仕事を通して色々な民族、言語、宗教、文化と接していた私は、仏教を知れば知るほどどうしてこんなに閉鎖的なのかと疑問も感じていました。もちろん多くの気づきもありましたが、大部分は所作や教義を学んだだけで、「え?これで終わり?」というのが正直な感想でした。私の場合はお坊さんの資格を得るためではなく、真理を求めていたので、物足りなさを感じていたのだと思います。


質問求めていたものが僧侶になっても得られなかったわけですね。

横山豊宥さん 2016年春清里リトリートにて

 そうなのです。でも、天台宗の場合は密教行者の最高位である阿闍梨をめざして次々と修行があります。ちょうどその時、5年に1 度の法華大会という大きな法要があり、それを目の当たりにして今度は阿闍梨をめざそうと思いました。 比叡山は仏教の総合大学のような所なので、密教、座禅、お経、何でもあって色々なことを学べました。そこで得たのは、すべては因縁起生であるということ。すべての物事は縁によって生じるというのは、その通りだと思いました。さらに衝撃を受けたのはブッダの教えです。仏陀の意味は「目覚める」ということ。この教えに目覚めたものは誰でも仏陀であるという考え方です。例えばキリスト教は神が創造主であり絶対的な存在。何人たりとも神を超えられないんです。でも、ブッダの教えはそうではない。 気づいた人が誰でも仏陀になれる。これは凄いことだなと、すとんと心に落ちたんです。長年私が追求してきた「なぜ不均衡があるのか」ということも、ブッダの教えで言うならそこに不均衡はないのです。 長年探し求めた答えはここにあると確信し、本気で仏教を学ぶようになりました。


質問ついに答えが見つかったのですね。
 
 ある意味ではそうです。枠や組織にしばられている納得できない部分もありますが、それは枠に入らなければ分からないことです。修行では膨大な形を学びますが、そういう意味で何かを学ぶ時に形から入るのはとても大切です。形から入らなかったら見えないものもたくさんあり、まず形から入ってそこを突き抜けないと駄目だと気づきました。つまり宗教は真理を学ぶためのツール、手段だと思います。 形を学ぶけれど、大切なのは形ではない。形にとらわれたりすると大切なものを見失ってしまうのです。 これは真理を伝える時はみな同じだと思います。レナードさんの教えも言葉で表現できるけれど、どうしても言葉では伝えられないものがあると思います。


質問レナードのリトリートの参加は何がきっかけだったのですか。

横山豊宥さん レナードと 2016年春清里リトリートにて

 堀澤祖門先生のご紹介です。堀澤先生は大原三千院の門主でありながら宗派や国などにはこだわらない方です。レナードさんのリトリートに参加されていると聞き、長年にわたり厳しい修行を積んできた先生ほどの方が「なぜ参加されたのか?」不思議に思ってお聞きしたところ「知りたいからだよ」とひとこと。先生の微笑みを見て、これは何かあるに違いないと思いました。


質問実際に参加されてどうでしたか。
 
 とてもアカデミックでレベルの高い心の解放が行われていると感じました。レナードさんのワークは、 精神レベルが一定以上の人により響くと思います。私も、レナードさんのリトリートを誰にでも紹介している訳ではありません。この人なら、と思えるような人を選んでお誘いしています。理解できる土壌のようなものが必要です。また、何かをただ「もらおう」としている人には合わないと思います。私自身も、 自分自身を磨き、さらなる学びを得るために参加しています。 レナードさんは平素はとても優しい方ですが、真理に対して一切妥協しないので、お客様気分で来られた方は驚かれると思います。普通はあそこまではなかなかできないと思います。色々な悩みや苦しみ、それらはフィクションであり、本人が作り上げたただのストーリーであると。悩みを解決したいと言いながら、その悩みのストーリーを手放そうとしない人に、レナードさんはそのストーリーを手放せ、プレゼンスにいなさいとしか言いません。時に取り付く島もないほどですが、だからこそ純粋に真理を求める人を惹きつけるのだと思います。


質問レナードのリトリートは続けて参加して学びを深めている方がとても多いですね。

横山豊宥さん レナードと 2015年4月三千院特別クラスにて

 レナードさんが伝えるプレゼンスはとてもシンプルな教えですが、自分が持っている知識で理解したと思っても、もっともっと奥があり、深く大きくなっていきます。仏教の修行も同じで、悟ったと思った瞬間、すでにそこに悟りはないんです。だから真理を知りたい方が求め続けるのだと思います。堀澤先生の「知りたいから」 という言葉はまさにこのことなのですね。リトリートも、1回来て満足する人は、本宮をお参りせずに帰ってしまった「徒然草の石清水」と一緒。今一歩踏み込んで自らについた汚れやかさぶたをそぎ落とし、なんの囚われもない状態へ近づこうとすることが大切です。その努力をしないで何かをもらおうとするだけでは駄目なのです。禅の言葉に「放てば満つ」というものがあります。持っていると本当に大切なものがつかめない。抱え込んでいては入らないのです。そのことに気づき、自らを解放するのがレナードさんの教えだと思います。


質問2017年の春もまた清里の清泉寮でリトリートが開催されます。 リトリートの環境について何かご感想はありますか。

 伝教大師の言葉に「依身(えしん)より依所(えしょ)」という言葉があります。心を求めるにも場所が大事という意味で、私も自分のお寺では日常生活を引きずることなく、心のスイッチをぱっと切り替える場所となるよう環境を整えています。清里は山々に囲まれていて景色が良く、空気も綺麗で気持ちを切り替えることができる素晴らしい場所でした。清泉寮は会場もお部屋も綺麗で、食事がとても美味しかった。素材をしっかりと選び、心を込めて丁寧に作っていたと思います。来春のリトリートには堀澤先生もご参加されるとのことで、どのようなリトリートになるか楽しみです。


質問最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。

横山豊宥さん レナードと 2015年9月三千院特別クラスにて

 天台宗の理念を表す言葉に、「一隅を照らす」と「忘己利他」という言葉があります。「一隅を照らす」は、その人が自分の立っ ている場所で精一杯尽くす、まわりの人を照らす灯であれ、という意味です。私もずっとこの精神でありたいと思っていますが、これはレナードさんの教えのプレゼンスに通じるものがあると思いま す。「忘己利他」は、自分の利や欲にばかりとらわれず、先ず他人のことを考える、人を幸せにする、喜ばせる、という意味です。人を幸せにすることが、みなさまにとって何よりの喜びとなりますように。レナードさんを通じたこのご縁に心より感謝いたします。

横山豊宥 プロフィール
兵庫県神戸生まれ。甲陽園で最も古い大正時代に建築された洋館の令嬢として生まれる。 現在、自宅の敷地に建立した天台宗無障金剛院の住職である。また、YWCAの日本語教師とし ても教壇に立っている。商工会議所・阪神淡路震災15周年の基調講演など講演多数。