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図書館で知った希望の光

図書館という場所は、幼いころからずっと、私にとって大切な場所でした。

身のうちにそれぞれの物語を秘めた本たちがずらりと立ち並ぶ本棚、外の賑やかさから切り離された静けさ、ひっそりとした人々の気配。わくわくすると同時に、心がしんと静まり返る場所。気の向くままに手に取りページを開けば、本たちは誰にでも惜しげなく自分の物語を語ってくれるけれど、飽きてぱたんと閉じてしまえばそれでおしまい。幸せな本も悲しい本も賑やかな本も静かな本もあるけれど、「一度読み始めたなら最後まで読むべきだ」などと言う本は一冊もなく、誰にもなにも押し付けない。私は彼らのその静かで大人っぽい佇まいが大好きでした。図書館の豊かで自由な空間で、私は思う存分本と関わり、いつしか彼らは私の大切な友人になりました。
これといった目的を持たずに図書館に行っても、ふと手に取った本からちょうど悩んでいたことへの指針やヒントを得たりすることは、珍しくありませんでした。

数年前、娘のいのちが私の体内に宿ったころから、私は、たくさんの疑問を抱えるようになりました。
いのちはなぜ生まれ、生き、死んでいくんだろう?
みんなが「私」とおもって生きている、その「私」とはいったいなんだろう?
自然がこんなに美しいのはなぜだろう?誰のために?あるいはなんのために?
いったい誰が(あるいはなにが)、この世界の素晴らしく完璧な均衡を作りあげ、保ち続けているんだろう?
答えを知りたくて知りたくて、時間を見つけてはそれまで以上に図書館でいろいろな本を読み漁るようになりました。生命の成り立ちや世界の美しさを探るものならばなんでも読みたくて、おもしろかった本の巻末に書かれた参考文献を紐とき、またその参考文献を紐といていくうち、それまでの私には縁のなかったジャンルの本に、出会っていきました。分子生物学、素粒子物理学、量子力学。深層心理学、哲学、詩集。
でも、神学だけは、読みませんでした。「神」という言葉は、私に血なまぐさいイメージを呼び起こしました。不寛容で嫉妬深く、罰を好みすぐに怒る神。ただひとつの正解しか認めず、そこから外れた者は殺すことも厭わない神。「神」と呼ばれるものに私が抱いていたイメージは、生命の美しさや優しさの対極にありました。私の求める答えは神学にはない。私はそう思っていました。

そんなふうにして図書館に通ううち、私はレナードさんの本に出会うことになりました。

その日、いつものように図書館に行った私は、びっしりと並ぶ本の背表紙に目をやりながら書架の間をゆっくりと歩いていました。窓から差し込む柔らかな陽射し、誰かが新聞をめくる音、親しみ深い本のにおい。私の頭はからっぽになり、幸せな気分でその静けさに身を浸しました。
そんなふうにリラックスしながらある本棚の前を通り過ぎたとき、ふとなにかが私の心を打ちました。そしてからっぽの頭の中に、「沈黙からの言葉」という文字がくっきりと浮かび上がりました。何が起きたのかわからず半信半疑のまま本棚の前に戻り、ひとつひとつの背表紙をじっくりと眺めると、頭の中に浮かんだ文字と同じタイトルの本が本棚の一番上の棚にあるのが見えました。それは、「スピリチュアル」「神学」「心霊研究」のジャンルの本棚でした。私は反射的に怖気づき、その場を立ち去ろうとしました。でも、その本のなにかが私を強く惹きつけ、引き留めました。私は恐る恐る、その本を手に取ってみることにしました。

どのページを開いたのか、いまではもう覚えていません。でも、そこに書かれた言葉は稲妻のように私を射抜きました。その稲妻は、「私の抱いているたくさんの疑問、誰にも訊くことのできないその答えがここにある」という直観だったのだと、今では思います。私は、なにも考えられないまま本を抱きしめ貸し出しカウンターに向かい、家に帰りついて夢中でこの本を読みました。そこに書かれた真実は、私がそれまでどんな本を読んでも得られなかったものでした。深い喜びに呆然としたまま、私は数日を過ごしました。以来、我が家の本棚にはレナードさんのすべての本が並ぶことになりました。

レナードさんの本と出会わせてくれたこの図書館は、現在は改装工事のため仮事務所に場所を移し、規模を縮小して運営しています。平常時には5~6万冊の本が並んでいた本棚も、5000冊ほどになってしまいました。
先日この仮事務所に行ったとき、その少しの本に混じって、レナードさんの本が目につきやすい場所に置かれているのを見つけました。図書館の人によると、「5000冊しか置けないので、利用頻度の高い本か良質な本だけを厳選して置いている」とのことでした。
図書館は、利用者が直接手に取れるように本棚に並んでいる「開架式書架」と、本棚には並べきれない膨大な数の本を保管する「閉架式書架」に分かれています。
どちらの本も借りることができますが、一般的に開架式書架には人気があり利用頻度の高い本が並び、利用頻度の低い本は閉架式書架に収められることになります。
この開架と閉架の書架を合わせると、図書館では数十万部から数百万部を所蔵しているはずで、その中のたった5000冊の「開架式書架」にレナードさんの本が入っていることの素晴らしさに、私はとても嬉しくなりました。

プレゼンスで向き合うならば、分離は一体を知るための入り口に、不安は安らぎを知るための入り口に、恐れは愛を知るための入り口になることを 、私はレナードさんの教えで体感することができました。
より多くの人たちが、「私たちはばらばらだ」という幻想を信じ込まずにただ見つめることができたなら、私たちが集団で見ている悪夢のような幻想は溶けていくだろうことを感じます。
幻想が溶けたあとに残る、「私たちはひとつなのだ」という真実を、より多くの方たちとともに分かち合えることを願ってやみません。
分離が叫ばれ、不安や恐れが広がっていくように見える世の中で、レナードさんの本がこうして図書館で読まれていることを知り、幻想を見抜き真実を求める人たちがたくさんいるんだ、という灯火のような希望を感じました。(30代 女性)

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