『JOURNEY INTO NOW「今、この瞬間への旅」』 『沈黙からの言葉』 『この瞬間を抱きしめる』

『「今この瞬間」への旅』を読んで

  • 『「今この瞬間」への旅』は、驚愕と気づきと深い納得の連続でした。
    「今この瞬間に存在する」ための方法について書かれた部分を読んだとき、本はまだ読み途中でしたが、とにかくこの場でやってみようと思いました。

    そのとき私は電車の中で座っていたので、自分の座っている青いシートをじっと見つめ、触ってみました。するとすぐに、そのシートが親しい友人であるというような感覚になりました。そのまま車内を見回すと、目に映るなにもかもが本当に私と一緒にいるのだ、ということに気がつきました。

    そして逆に、「いまここ」にいないものは、その瞬間の私にとってまるで重要ではなくなってしまいました。なによりも大切に思っている、夫や娘のことでさえ、そのときの私の中から消えていたのです。

    電車が乗り換え駅に着いたので、私はそのままの状態で電車を降りホームを歩きました。目に映るなにもかもが柔らかく光っているようで、私は水中を歩くようにゆっくりと歩きました。

    踏み出す足の一歩一歩、動作のひとつひとつを感じながら歩くと、ゆっくりとしか歩けませんでしたので、私は他の人々にどんどん抜かされていきました。まるで呆けたように映ったと思いますが、人の目はまるで気になりませんでした。

    私はただとてつもない自由と軽やかさを、深い喜びとともに感じていました。「次の電車に乗り遅れる」という考えが浮かびましたが、すぐに消えていきました。

    私はいままでなんて重い鎧を身に着けて歩いていたんだろう、と思いました。「生きるために必要な鎧」という考えが浮かびましたが、またすぐに消えていきました。この状態は、家の玄関のドアを開けるまで続きました。

    この体験の後、でも、私のエゴは警戒したようでした。そのあと、またあのプレゼンスの状態でくつろごうとすると、切れ切れの思考が次々に浮かんで、ほんの短い時間でも継続してプレゼンスに在ることが難しくなったのです。

    でも、私のエゴが不安になるのも当然だ、とも思っています。あのとき、私は確かに私のエゴを置き去りにしました。私の「守り人」として機能していたエゴとしては、驚いてしまったのだと思います。でも、私はプレゼンスに深く根ざしたい。それをあきらめるわけには絶対にいきません。

    いまは、エゴと折り合いをつけるべく、なるべくエゴが安心できそうな時と場所を選んで、プレゼンスに在ることを試みています。乗り遅れそうな電車があるときではなく、近所の公園の中で。守るべき幼い娘がそばにいるときではなく、一人くつろぐ家の中で。

    「怒りを開放するワーク」も、私には衝撃的に変化をもたらしました。閉め切った部屋の中で自分の口から出る、びっくりするような罵詈雑言。激怒のあとにやってきた、爆笑。(「私、ずいぶん怒ってるな~」と思った瞬間、芸人さんのキレ芸を見ているときのような可笑しさがこみあげてきました)そのあとの、なんて軽やかな気持ち!見える景色が一変してしまったようでした。

    ずいぶん長くなってしまいましたが、これは、私がこの本に揺さぶられたほんの一部分です。言葉が、これほどの実際の変化をもたらしてくれることに、驚きました。私の人生の、大切な本になりました。今西さん、素晴らしい本を日本に紹介してくださって、本当にありがとうございました。(30代 女性)
  • すべてのページが自分にとっての必要な言葉。バイブルになっています。(50代 男性)
  • レナードさんの本に出逢ってからは、人生で行き詰まるとレナードさんの本で、辞書を調べるように答えを探す様になりました。(40代 男性)
  • 初めて本を手にしたときは、「ようやく会えた!」という想いが湧いてきてむさぼるように読み進みました。今まで感じていた異和感が解決されました。あれから3年 今でもツーステップを実践しています。(50代 女性)
  • 「今この瞬間」への旅の本は 私のバイブルとなっていますが、何度読んでも新しい気付きと感動を覚えます。今は 毎日少しずつでも肩を張らず 期待もせずすべてを神にゆだねて成長していけたら思っております。(60代 女性)
  • 何か応えが欲しいとき、開けるページに必要なメッセージをいつも手渡されます。レナードの本には不思議な力があります。(20代 女性)
  • 私はこの本に出会い、自分がずっと本当の気持ちに蓋をし続けてきたことに気づきました。「怒りの瞑想」を行うことで、私は10歳の子供に戻り 悲しみと寂しさ、大人に対する怒りを見事に表現することができたのです。私はあの時の気持ちのまま素直に涙を流していました。そしてようやくあの時の自分の感情を受け入れ、許すことができたのです。 私はずっと抑圧された感情を解放したいと思っていたのです。

    そしてこの本に出会えたのです。今西さんが冒頭で、「本を読んでいるだけなのに、自動的にワークショップやリトリートに参加しているようになり…」と語っていたことが、今では本当に理解できます。こんなに素晴らしい本に出会わせて頂き、ありがとうございました。(30代 女性)
  • この本を本屋さんで見つけたとき、その題名に惹かれました。悟りに導いてくれるものを探していた私が読みたい本だと直感的に判りました。悟りたいと思い続けても、その状態にならないことに対する苦しみや焦りや色々なこと。今まで疑問に思っていたことの答えがこの本にはありました。「いまここ」にあることと、エゴについての教え。

    目覚めについて解りやすくツーステップで説明されているけど、その中身はとても詳しくて、スピリチュアルと言われる中で陥りがちなことや勘違いし易いことなどの他にも、沢山のことが書かれていました。それに、レナードの何度もの目覚めの体験。引き込まれるように読みました。

    今は、レナードの教えを直接受ける機会を得て、益々この本は凄いなと思うようになりました。レナードの教えの基本が惜しみなく提供されているからです。そのうえ、瞑想も入っていて、これがまた、とてもパワフルで自分にエネルギーが返ってくるのが解ります。

    リトリートの前にこの本を読むと、エゴの抵抗が弱まるような気がします。レナードの言っていることが整理されてもっとわかり易くなり、本で解ったつもりになっていたり、意識もしてなかったことが、ハタとわかったりするのです。この本は何度も何度も繰返し読む価値がある本です。読む度に新しい意識になるので本当に凄いです。(40代 女性)
  • 今まで沢山のスピリチュアルな本を読みましたが、この本に出合ってからは他の本は私には必要なく感じました。目覚めに必要な事が全て書かれているからです。

    いまここに在ることの大事さを謳っているマスターは沢山いますが、実際にどうやっていまここに在るのかを説いているマスターはレナード以外、私は知りません。レナードが何年にも渡って生徒さんと分かち合い洗練されていった、いまここに在る方法を惜しみなくこの本で、公開しています。誰でも簡単にいまここに在る方法をシステマチックに学べます。

    もう一つ特筆すべき事にレナードのリトリートやワークショップの様子がリアル に描写されていて、お家にいながらリトリートに参加している様な体験が出来ます。様々な事例の生徒とのやりとりが書かれているので人生に行き詰った時に、似たケースのページを読めば答えが解ったり、時として癒しが起こったりします。

    レナードの教えの完全で包括的なガイドである本書を私は繰り返し読み、魂の辞書としても使っています。(30代 男性)

『沈黙からの言葉』を読んで

  • 私には、たくさんの疑問がありました。

    たとえば、冬。まだ薄暗い朝。
    目覚めたばかりの娘がくしゃみをしている。
    私はキッチンに立ち、「安いから」という理由で買ってきた旬の根菜たちを使って、スープを作る。温かい湯気に頬をあかく染めながら、娘は言う。「あ、この野菜みんな、〝からだをあたためるたべもの〟だね。」スープをのみ終わるころ、娘のくしゃみはすっかり治まっている。私たちの体を温めるために生まれてきたわけではないはずの冬の野菜たちの、それでも確かに巡り巡ってもたらされる恵みに、私は静かに驚く。

    たとえば、夏。うだるような真昼。
    だれもいない通りに、白ゆりが濃い影を落としている。
    私の心をすっかり奪うほど美しいそのゆりは、でも、ただひとりで惜しげもなくその美しさを咲かせている。だれに見られていようといまいとまるで関係なく、それでもそこにあるすべてのものと分かち合って、ただ風に揺れている。

    美しさとやさしさは、いつもいつもふんだんに溢れかえって、私はついぼんやりしてしまう。「覚えておきたい」と思うけれども、次の瞬間にはまた新しい美しさとやさしさがやってきて、私は目を奪われ一瞬前に見たものをすっかり忘れてしまう。

    それはちょうど、ミヒャエル・エンデのファンタジー「モモ」の中で、モモが時間のみなもとを訪れ、一瞬ごとに咲いては散っていくモモ自身の「時間の花」に見とれるときに思うこと、『新しく咲く花はどれも、それまでのどれともちがった花でしたし、ひとつ咲くごとに、これこそいちばんうつくしいと思えるような花でした。』と、まるでぴったり同じ感覚だ。

    「時間のみなもと」を訪れるまでもなく、
    美しさとやさしさは、すでにこの日常に溢れている。

    世界はなぜ、こんなにも美しいのだろう?
    そしていったいなぜ、これほどやさしいのだろう?
    誰が、あるいはいったい何が、世界をこんなにも素晴らしくしているのだろう?

    なぜ人々は、美術館に並ぶのだろう?世界はどこもかしこも美しいのに。
    なぜ人々は、「世界は冷酷だ」と叫ぶのだろう?
    世界はすでにこんなにもやさしいのに。
    ここにあるものを、どうやったら分かち合えるのだろう?

    これらの私の疑問に、導きと気づきを与え続けてくれているのが、
    レナードさんの本です。本書は、その最初の出会いとなりました。
    その短く美しい詩のような言葉の中に、真実がありました。
    レナードさんの言葉は私の疑問に「答える」のではなく、
    ただ真実を見せ、私を納得させました。

    このほかにも、私には心を離れないたくさんの疑問がありました。
    「わたしはどこからきてどこにいくのか」
    「死は不幸なものではないはずなのに
    (だって、死が不幸であるなら、こんなに素晴らしい世界に生まれて生きても、最後にはみんな不幸になるということになってしまうもの。そうであるはずが、ない。)、
    なぜ死は恐ろしいものとして捉えられるのか?」などなど、
    子どもの頃に誰もが一度は考えるだろう、疑問です。

    誰もが思う、でもどこにも答えのない(と思えた)そのすべてに、
    導きと気づきをいただきました。

    誤解を恐れずに言うならば、本書は、スピリチュアルな本であると同時に、
    哲学書であり心理学書であり宇宙物理学書であり
    人生の真実を語る詩集でもあると、思います。
    素晴らしい本を、ありがとうございました。(30代 女性)
  • 「今この瞬間への旅」に夢中になり、レナードの他の本も読みたいと思い買いました。最初は詩集のように感じました。そして、深いプレゼンスに居るレナードから出る言葉は凄いなと思いました。多くの言葉は、読んでいるだけで瞑想状態に導かれたからです。リトリートの場所に戻ったかのように、簡単にプレゼンスになるのです。だから、心に落ち着きがなく、マインドが騒いでいるとき、この本をパラパラとめくって、自分をプレゼンスに引き戻すことに使ったりします。「ああ、そうか」と心が静まり、心のおしゃべりが止まってしまいます。
    短い言葉の中に、それだけでとてもパワフルな力が秘められているのだと思います。まさに、沈黙からの言葉です。 (40代 女性)
  • 「ここに在るものは、在る。ここに無いものは、無い。」
    パラパラと斜め読みしたときに私の目に飛び込み私を深い納得で射抜いたこの文は、以来、私の教師となり案内人となり友人となりました。この言葉を胸の中でつぶやくと、瞬時にプレゼンスに戻ることができます。すぐに思考の世界に引き戻されてしまう私は、一日に何度、この言葉をつぶやくかわかりません。レナードさんが分かち合ってくださる教えを見事に表したこの一文は、私の胸の中でまるで秘宝のように輝きを放ち、世界の真実を語りつづけています 。(30代 女性)
  • 『「今この瞬間」への旅』が左脳を刺激しシステマチックにいまここに在ることを学ぶ本なら、本書は右脳を刺激し感覚的にレナードの教えを身に着ける本だと思います。短いセンテンスに必要な事を全て含め、強烈なパワーでマインドやエゴを揺り動かす。レナードの6回に渡る目覚めの体験の第一の目覚めで明かされた叡智を言及した本書。お気に入りの写真集を見る感覚で休憩時間や寝る前にアトランダムに開いたページを読んでます。(40代 男性)

『この瞬間を抱きしめる』を読んで

  • 本を読むことがなによりも好きな私ですが、いわゆる「スピリチュアルな本」については、最近まで手に取ったこともありませんでした。この手の本は私に「宗教」を感じさせ、「宗教」は、その名のもとに行われてきたおびただしい数の虐殺と血を連想させました。「宗教はおぞましい。私の知りたいことはここにはない。スピリチュアルな本も結局は宗教について語っているのだろう」と思っていました。

    しかし一方で、私は「サムシング・エルス(偉大ななにものか)」の存在を、否応なく感じてもいました。だって、たとえば私の心臓、いま現在確かに脈打っているこの心臓を、いったい誰が、動かしているのだろう?「私」ではないことは、確かだ。私が私の心臓に「止まれ!」と言ったところで、そんなことにはまるで関係なく、この心臓は脈打ち続けるもの。でも、それではいったい誰が?

    たとえば、毎年5月になるとたくさんの葉を開き始める、私の部屋のポトス。冬の間じゅう暖房がついて暖かかったマンションの部屋で、いったいどうやって、こんなにも正確に春の訪れを知るのだろう? いったいなにが、ポトスを「生きろ」と誘うのだろう?

    娘がまだ新生児の頃、「この子はいったい誰なんだろう」とたびたび思い、その神秘に胸を打たれました。娘の心臓は、確かに私のおなかの中で脈打ち始めたけれど、それは私の力ではありませんでした。それは、娘自身の意志であるように、感じられました。そして、生まれて間もない娘は、彼女の心臓を動かしている「サムシング・エルス」そのものであるように、見えました。

    私たちの世界を動かしている「サムシング・エルス」、これはいったいなんなのだろう? 私の「知りたい」という気持ちは抑えようもなく、少し時間ができると図書館で生物学・宇宙科学・物理学・脳科学・哲学・心理学の本を読みました。そして、これらさまざまな分野を探求する第一人者たちが、ほぼ例外なくみなしっかりと「サムシング・エルス」の存在を奥底で感じていることを知りました。

    そして3週間ほど前、私は呼び止められるようにレナードさんの本を手に取ることになりました。何気なくパラパラとページを繰り、私のなかの「サムシング・エルス」が、レナードさんの言う「大いなる存在」とピタリと一致した瞬間、私は射抜かれ、いままでのどの本でも得られなかった深い納得が体じゅうをかけ巡りました。「ここに書かれていることは真実だ」と。

    『この瞬間を抱きしめる』は、レナードさんの3冊の本のなかで一番最後に読んだ本です。子育ての中で私が疑問に思ってきたことや、娘が私よりもより「サムシング・エルス」に近い存在のように感じてきたことなどの、答えやヒントがたくさん書かれてありました。

    1年前、幼稚園に通うようになった娘が、「先生が、泣いちゃいけないっていうの。どうして?」と尋ねたことがありました。「泣きたいときにはもちろん泣いていいんだよ。そうじゃなきゃ、あなたの涙さんの行き場がなくなって苦しくなっちゃうもの。でも、小さい頃からずっと〝泣いちゃいけない〟って言われてきた人は、他の人にもそう言いたくなっちゃうものなの。先生も、そう言われてたくさん我慢してきたのかもしれないね。だから、先生が〝泣くのを我慢しなさい〟とおっしゃった日は、おうちに帰ってからママの前でたくさん泣いてね」と私は答え、娘はすぐに理解したようでした。

    もしも、子どもたちが正しい瞬間に涙を流すことを世の中のすべての大人が快く受け入れたなら、子どもたちはどんなにかのびのびと「大いなる存在」に身をまかせたままでいられることでしょう。私たち大人は、「よりよい人間にしよう」と思いながら、どれほど多くのものを、子どもたちから奪っているのでしょう。

    私はいまやっと「目覚め」についての知識を得、自分の内面の暗闇に入るべく、入り口に立ったところです。私自身が真に目覚めることは、私の「大いなる存在」を取り戻すだけではなく、子どもたちの「大いなる存在」を損ないパワーを奪う剥奪者にならないためにも必要な事なのだと、本書は気づかせてくれました。

    親は、子どもが病気にならないようにと心底願います。でも、この世界が二元性の世界で、病気と健康が一体のものであるならば、子どもが病気になったときに親がなすべきことは嘆き悲しむことではなく、病気を受け入れ「この子がこの病いをよりよく生きられるように」と願いながら、適切に対処していくことなのでしょう。本書を読んでいてこのことにはたと思い至ったとき、私の中に常にあった子どもの病気を恐れる気持ちは、溶けていきました。

    子を育むための指針にも満ちた本に、この時期に出会えたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました。(30代 女性)
  • 一作目の『沈黙からの言葉』と同じくレナードの第一の目覚めで明かされた叡智を言及した本。一作目より心なしか優しく感じるタイトルの通り、一作目より優しさを私は感じました。『沈黙からの言葉』同様に何時も傍に置き、気が付く度に心が向くまま開いて読んでおります。(40代 男性)
  • 「この瞬間を抱きしめる」このタイトルがとても好きです。目覚めの体験を通してレナードはこの瞬間にある溢れる愛を、私たちに伝えてくれています。「男と女」 「恋愛関係」 についてもふれられていて、人として生きることのヒントを教えられたことも助けになりました。そして何度も開くぺージが「許しの瞑想」。繰り返し伝えてくれています。(50代 女性)
  • この本は、レナードの本の中で私が一番好きな本です。本の背表紙が私の手垢でちょっと黒ずんでる。色んなとこに線を引っ張ったり、☆マークつけたり、「 」をつけたり、カタツムリマーク(^_^;)をつけたり‥‥とにかく色々な書き込みがある。

    ジャーニーイントゥーナウの本は詳細に書いてあるけど、僕にとっては文字が多過ぎて、この本はディテールは省き、レナードの教えのエッセンスのみを抽出してるから、すっごく読みやすい。

    ちょっとこの本から私のお気に入りのフレーズを紹介します。
    神の法則
     あなたの時間ではなく、わたしの時間で。
     あなたの条件ではなく、わたしの条件で。
     あなたのやり方ではなく、わたしのやり方で。

    私はこのフレーズが大好きです。だって、覚悟が決まるじゃない? 時間なんてないんだってことがある程度分かってくると、自分がいつ目覚めるかは全く神の問題ではないことがはっきり分かってくる。私はたとえ何生かかってもいい。あなたの時間で、あなたの条件で、あなたの方法でいいから、私はいつまでも待ちます。ていう覚悟が穏やかに整う。そんなフレーズです。

    お気に入りのフレーズをもう一つ。
     愛に溢れて世の中で行動するのとを望むのであれば、
     愛を込めて食器を洗いましょう。

    もちろんこのフレーズは毎晩家で食器を洗うとき浮かんできて、私をたしなめてくれるリマインダーです。さらに、私はこのフレーズの中の「食器を洗いましょう」の部分を他の日常生活の動作、例えば「コピー機を使いましょう」とかに変えて、様々なリマインダーに改良するのが好きです^ ^

    このように、この本は生活の中でいかにプレゼンスの状態でいるかという具体的な方法を与えてくれます。まさにこの本の副題「目覚めた人生の生き方」の通りです。

    最後に、この本の中の言葉で、最も多く私が思い返す言葉のひとつが、P3 「はじめに」の中にあります。
     あなたの人生で目覚めが最優先事項でない限り、
     完全なる目覚めは起こりません。
    ドキッとしませんか?
    この言葉のおかげで私は、本当は私は何を欲しがっているのだろうと、しはしば自問する機会を得ています。(30代 男性)