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レナードさんの心に響く言葉

今から4年位前、
ツーステップの作業を始めて
まだそんなに時間がたっていない時、
激しい感情が浮上したり、エゴの大きな声に巻き込まれそうになった時、
決まって「それと共にいるんだ」という声なき声をよく聞きました。

私の頭上からその声はやって来るように感じました。

すると、
大きな呼吸が始まって、嫌でもその呼吸と共に
その状態に留まることができました。

そのようなことは半年程続きました。

その後はまた再び感情の浮上等はありましたが、
その声の導きがなくても、自らその状態の中に
飛び込んで行けるようになっていました。


初めて『今この瞬間への旅』の本を読んで、
とにかく強烈に入ってきた文章が2つありました。

1.あなたの神への贈り物が正直さであるならば、
神からのあなたへの贈り物は真実である

2.エゴはあなたに見抜かれていると
自覚する必要があるのです*

何故この2文だったのかはわかりませんが…、
この『今この瞬間への旅』の本を初めて読み終えた時、
ラマナ・マハルシやマハラジ、パパジの本と同じように
真実が語られているという
深いところからの認識がありました。

「真実を知りたい」
それだけの思いで走ってきた自分が
難解なインドの覚者達の本に四苦八苦していた時、
とても具体的に
生活の中で作業する方法が的確に示されていた、
この『今この瞬間への旅』の本にめぐり逢い、
どれ程嬉しかったことか。

神様は見ていて下さるという確信が芽生えました。


わたしは本をいつも
『今この瞬間への旅』『沈黙からの言葉』『この瞬間を抱きしめる』、
『今この瞬間への旅』『沈黙からの言葉』『この瞬間を抱きしめる』
と読んでいきますが、
2周り位すると、読むごとにストップがかかります。

しばらくすると、また読みたくなって、
『今この瞬間への旅』から読みます。

すると突然、
今まで何ということなく読んできたある一文が
私にせまってきたりします。

特に顕著だったのが、去年の8月、
『この瞬間を抱きしめる』 P67、
思考を認めましょう。
思考それ自体が表現することを認めましょう。
思考それ自体の信念、概念を認めましょう。
しかし、そのいずれをも信じ込んではなりません。

この文は、何回も読んでいたのに、
何故かこの時すごい勢いで私の中にしみ入って来ました。
それは知的理解を越えたものに感じました。

あの時から、思考との間にはっきりとした距離が
出来てきたのを感じています。

また、あまりに走り過ぎて
一生懸命すぎて疲れを感じることが何回かありました。

そんな時、またある文が浮かんできます。

『沈黙からの言葉』 P122、
光への道は闇を通り抜けるしかありません。
闇を恐れないことです。や

『沈黙からの言葉』P229、
時折、休息が必要かどうかと
あなた自身に訊ねるといいでしょう。
あなた自身にやさしくあることです。や、

『この瞬間を抱きしめる』 P295、
あなたの実在は、
すべての花々、木々、山々、星々に触れながら、
外へと広がっていきます。
その一方では、内へも広がっていき、
あなたの身体の細胞の一つひとつをやさしく撫でます。
また時間を通して後ろにも広がり、
子どもの頃のあなたを抱きしめ、その子を癒します。
また前にも広がって、
あなたの未来に影響を与えて変容させるのです*。

これらの言葉は、本当にやさしく私を抱きしめてくれます。
これらの言葉にふれて
何日間かぼーっと過ごすこともありました。

一週間位すると、再び活力が戻ってくるのを感じます。

しかし、その活力は、
もう以前のようながむしゃらなものではなく、
静かで力の抜けた生き生きした感覚なのです。


去年の11月位から、
エゴの声がとても盛んになってきました。

そんな時もやはり本の中の言葉が浮かんできます。

『今この瞬間への旅』 P87、
エゴが生み出しているものをただ観つめるのです。
あたなはエゴを阻止することはできません。
あなたができることは、ただエゴを見張り、
そしてどうにかしてエゴを見抜くことだけです。
これがエゴの望みなのです。
エゴは、あなたがエゴを見抜いていると
自覚する必要があるのです。

この文に支えられて、
数ヶ月間ずっとエゴを観つめるという作業が続きました。

エゴを観つめれば観つめる程、エゴとの間に距離が生まれ、
エゴとすぐに一体となってしまう状態は
少しずつ少なくなっていきました。

と同時に、
人との交わりにも変化が起きているのに気づいていました。

目覚めの道のプロセスにおいて起きてくる
スピリチュアルな体験などをしても、
それを話したいと思わなくなってきました。

何か相談を受けても、
話をするのにすごく慎重になっていきました。

これ以前より、ストーリーに全く興味がなくなっていたことも
要因だと思います。

『沈黙からの言葉』 P86、
人々と関わる時、彼らを諭してはなりません。
彼らを改心させようとしてはなりません。
彼らを助けるにあたって、
エゴが関わることに非常に慎重になるのです。
エゴは隠れた思惑を常に秘めています。
エゴは巧妙にも助けた人の優位に立とうとします。
それは権力と地位を求めるエゴの狡猾な戯れなのです。
たとえ、ほんの些細なことを得るだけでも
エゴは常に優勢な立場を得ようと努めるでしょう。*

少し前までは、体験談を知って欲しいと思ったし、
それが人を奮起させることにつながればいいと思っていたけれど、
エゴをじっと観つめる作業を続けていくうちに、
だんだん変化していきました。

そして、さらに『沈黙からの言葉』 P154~P159、
「執着を手放して独りで在ることを受け容れる」
「境界線を超えて」「あなた自身で在る」
「唯一あなただけ」の部分が深く浸透してきました。

と同時期、本の他の部分が浮かんできました。
それは、二元性の世界におけるバランスについてでした。

『沈黙からの言葉』 P195、
時に幸せで、時に悲しいのは
マインドのレベルが二元性の世界だからです。

何回も読んでいたこの一文が
この時期鋭く私の中に染み入ってきました。
合点がいったというか、ただ、あーっ!という深い納得。

くつろいで
マインドの世界の二元性の性質と時間の内側で
体験する世界を受け容れましょう。
これが二元性の中にバランスを生み出して
一体性に通じる扉を開くのです。

『今この瞬間への旅』 P331、
「時間の世界」と時間を超越する「今の世界」とが
穏やかに共存する悟りの少し穏やかなバージョンを
わたしは勧めています。
あなたがこの二つの世界に
バランスと調和をもたらすことができない
という理由はありません。
「今この瞬間」からあなたが実際に断ち切られることは
絶対にあり得ない方法で、
時間の存在しない「今の世界」と「時間の世界」の間を
簡単に行き来する技術を身に付けるといいでしょう。

『今この瞬間への旅』 P340、
時間の世界の中で機能するために、
実在のより表層のレベルで生きることを恐れないこと。
本物の実在は失われません。
すべてはバランスの問題なのです。
実在の目覚めの状態があなたの人生の基礎である限り、
あなたは道を外れることはないでしょう。

何回も読んでいたはずなのに、
私の中には実在だけのように、どちらか一方を取るという、
凝り固まった思考回路が根付いていたのが、
この時期ほどけてきたのです。

すると続けて、幻想と共存する態度とは、
どのような点であっても、幻想に賛成も反対もしないこと。
ただ幻想をあるがままに観つめる。という一文が
とても自然に抵抗なくすんなりと入ってきました。


レナードさんと実際にお会いする2011年までは、
レナードさんの本を基にした
自分なりのツーステップの実践を続けながらも、
時々、昔、四苦八苦しながら読んだ
マハルシ、マハラジ、パパジなどの本を読み直していましたが、
レナードさんと実際にお会いしてから
読むことがなくなりました。

そして、最近、4年ぶりにたまたま少し読み返してみました。

すると、4年前に読んだ時とは
比較にならない程の真実の感覚を伴って、
その文章が私にせまってきたりすることに気づきました。

ツーステップの日々の積み重ねの実践によって、
あれだけわからなかった文章が
わかるようになってきたのです。

・静寂だけがあり、静寂である私はいない。
静寂だけがある時、そこには「私は静かです」はない、
すべては沈黙する。

・すべてが思考であることを見抜いているか。

・あなたの思考、言葉、行為を見守りなさい。
そうすれば、それらのあなたへの支配は徐々に減っていき、
サットヴァの澄んだ光が輝きだすだろう。
それは、困難でも長い過程でもない。
真剣さ、それが唯一の成功への条件だ。

・過去と未来はマインドの中だけにある。
私は今に在る。~『I AM THAT』~

一つびっくりする発見をしました。

プンジャジ(パパジ)の『覚醒の炎』という本が、
私は大好きです。
マハルシやマハラジの本よりは少し理解できたからです。

本当に久し振りに、その『覚醒の炎』をパラパラとめくっていたら、
その本のP143にマーカーで線が引いてあって、
次のように書いていました。

何百億年もの過去、現在、未来がすべて、
この「私」という想念の中に存在している。
それを探求すれば、この永劫の時は終焉するのだ。
探求しなさい。
そうすれば、すべては消えるだろう。

そこにわたしは当時こんなことを書き込んでいました。

探求しなさい→L.ジェイコブソン『今この瞬間への旅』
何者になっていたのか?エゴと向かい合う。

このメモを自分で書いた時は、レナードさんと会ったことはなく、
一人で自分なりのツーステップの実践をしている時でした。

5年ほど前に書いたものだと思います。
すっかり忘れていましたが…。

これを今ふっと見つけた時、
今までの歩みがよみがえり涙が溢れてきました。

私は本を置いて目を閉じ、
ずっとこのフィーリングと一緒にいました。

静かだったけれど、涙はあとからあとから溢れてきました。
そのフィーリングは
自分に対する何とも言えない愛おしさでした。

10分位一緒にいると、
やがてゆっくりとそのフィーリングは去っていきました。

神様ありがとうございました。と私は言いました。

この探求しなさいというパパジの言葉が、
レナードさんのツーステップへと、4年前に結びついたのです。

まるでインドの覚者とレナードさんが
コラボレーションをしているように思えました。

このとき、
どんなにわからないでも、諦めずに続けてきた
わたしの探求への切望を神様が聞き、
その願いを神様が聞いてくださって、
わたしにレナードさんのツーステップを
もたらしてくだったと思ったのです。

無私の願いは通じるのだと思いました。


レナードさんの本は、
これ以上、目覚めについて簡潔にしている本がないと、
わたしには思えるほどです。

本というより、まるで生きていて、
自分の生きている中の一部になっています。

わたしにとっては、
真実を求める渇望の、その砂漠の中で
水のあるオアシスに出会ったような感じが
レナードさんの教えです。

その教えのツーステップが
まるで、砂漠の中のオアシスにあるお水のように、
わたしの喉を潤してくれた感じです。

そして、レナードさんにお会いする度に、
自分が変化していくのです。

ツーステップを日々実践して、レナードさんにお会いして、
そして、日々のツーステップの生活が
レナードさんにお会いした後にすぐに始まるような感じです。

そのツーステップに取り組む日常の中で、
心に響くレナードさんの 言葉が、
それぞれの時期に勝手に選ばれて、
私のもとへやって来る感じがします。

まさしく神の恩寵としかいいようがありません。

今後は、どの部分の言葉が響くのかわかりませんが、
私のプロセスに応じて、神様が選んでくれると思います。


これらとはまた別に
とても短い一文で私を真実へ向かわせてくれる言葉が
ずっとわたしと共にいてくれます。

1.ひたすら忍耐強く待つことです
2.思考のすべては幻想
3.今この瞬間から外れたところに人生はない
4.目覚めた実在の識別法は沈黙

UKさん (60代 女性)よりの分かち合い

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