プレゼンスの種を育む

レナードの初来日のワークショップから参加をしていて、2016年の清里のリトリートは4回目となりました。毎回、素晴らしいギフトや宿題をいただいて、次回のリトリートに参加するまで、それに取り組んでいくというのが私のサイクルになっています。

初来日から参加しているとレナードは同じことを話していると思えることもありますが、表面的なところだけ捉えていると、「また同じこと言っていて、変わり映えしないな」と思ってしまうかもしれません。しかし、受け取る側がどれだけその教えを受け取る準備ができているかで、その言葉の奥深い意味が開けていきます。

2015年秋の来日のときから、私はレナードの意識にチューニングするようにして参加していたのですが、2016年春のリトリートもそのようにして4日間を過ごしました。深いプレゼンスに在る人が臨在する場というのは非常にパワフルで、そこにいるだけで想像をはるかに超えた色々なことが起こって来ます。

レナードが前に座って淡々と話を進めるだけでも、私自身の中では、彼のほんの一言を引き金に、過去世のある感情が噴き上がってきたり、身体の中で抑えようもなく大きなエネルギーが動き出したりということがありました。その意味を考え出してしまうと、マインドのストーリーに巻き込まれてしまうので、ただただ起こることを起こるように、できるだけ自分を開いて体験するよう心がけました。

何回も彼のプログラムに参加していて、2016年の春のリトリートで特に感じたのは、参加者のストーリーに関わるよりも、ダイレクトにみんなの意識を「今ここ」に導くことに、これまで以上に彼がフォーカスしているように感じられたことでした。

年々、会場のみんながプレゼンスに入って行く速度も速く、その質も深くなっているのを感じますが、そうした変化に従って、彼の教えもより直接的なエッセンスの部分に重点を置くようになっているのかもしれません。

そうした中で、2016年春のリトリートで一番腑に落ちたのは、「今この瞬間にアチューメントする」という彼の言葉でした。これまで、「今この瞬間に在るものとともに居る」と表現されていたことが、この言葉で私の中でピタッと収まった感じがしました。それまでは、どうもこのことがピンと来ていなかったのですが、ぴったりとハマる表現がやってきたことで、これまで以上にプレゼンスに居るコツが掴めたような気がします。

リトリートから帰ってきて、日常の中でこれを実践していくと、何気ない日常のすべてが、実は神秘の世界への扉だったのだと気づきます。人生をどのレベルから生きるのか。私たちは日々問われているのでしょう。

前回のリトリートでも、様々な神秘的な体験がありましたが、それに執着することなく手放し、今この瞬間にフォーカスしていきます。参加するたびに、私の中のプレゼンスの種は少しずつ育っているようです。

はじめてこの教えに触れたときは、ただその教えをいかに理解したらいいのかというところで頭が一杯でしたが、自分なりに試行錯誤や実践を積み重ねてきて、亀のようなゆっくりとした歩みではありますが、着実に何かが変化していっているのを感じます。これからも、この教えを実践し続け、深めていきたいと思います。

清里の美しい自然は、この教えの学びの場として、これ以上の場所は無いように思います。リトリートの間、毎日この自然の中で神に祈り、精霊に呼びかけながら過ごしました。そのような時間を持つことで、私の中で断ち切られていた神とのつながりや自然との絆が少しずつ深まって行ったように思います。

長い魂の旅路の中で、絶望的なまでにこじれていた神との関係が、いま再び取り戻されつつあるのも、神は決して私たちを諦めておらず、恩寵を注ぎ続けておられることの証しなのだと感じられました。

次回のリトリートに興味をお持ちの方は、迷うことなく参加されることをお勧めします。きっとこの教えは、人生を大きく変える福音となるでしょう。(内山 真理子さん)

2016清里リトリートにて