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エゴとの新しい関係を築くはじまり

少し前から、自分のエゴに対して憐みのようなものを感じるようになりました。レナードさんがおっしゃている通り、エゴが生まれたそもそもの経緯や、エゴが私を守ろうとしてくれたことを考えると、エゴが無意識に働いてしまうときの弊害がどれほど大きいかを差し引いても、エゴに対して心からの感謝を覚えますし、そうやって私自身に尽力してきてくれたエゴが(私の側に気づきがないうちは、エゴは尽力の仕方を間違ってしまうわけですが)、「この瞬間」に在るときのあの深い安らぎと世界の輝きを決して体験できない存在だということが、とても気の毒になります。

エゴに対するこの気持ちを感じるようになったのと同じころ、エゴと私自身が別物であるという感覚が強くなりました。そして、エゴが頭の中で話すことを聞いているとき、エゴがエゴ自身を指すときに「私」という言葉を使うと、違和感を感じるようにもなりました。
エゴが「私ってなんてダメなんだろう」「あ~、お義母さん(夫の母)に気に入ってもらえるような私になりたいなあ」などと話しているとき、ぶつぶつ話しているエゴとそれを聞いている私自身は別のものなのに、聞いているうちにそれが私自身の意見であるような気持ちになってきて、ややこしくなってしまうのです。

そこで、エゴに「私」以外の主語を使って話してもらうべく、名前を付けたらどうだろう、とふと思いつきました。そうは思ってみても、どんな名前がいいのかわからなかったので、エゴのおしゃべりを聞いているときに、試しに「ところであなたはどんな名前?」と訊いてみると、驚いたことに、一瞬の沈黙のあと「涼(すず)。」という答えが返ってきました。なんだかかわいらしい名前で思わず笑ってしまいましたが、それ以来私のエゴは「涼」という名前になりました。

やってみると、エゴに名前をつけることは、私自身とエゴを日常的に区別して認識するために便利なだけではなく、エゴに巻き込まれずに観察し、エゴと新しい関係を築くうえでも、私にとっては有効でした。
(エゴは「私」」以外の言葉で自分を指すことには抵抗があるようで、おしゃべりの主語を「涼」に変えてはくれませんでしたが、私自身が「これは涼だ」と思って聴けるということが、助けになりました。)

家族旅行の写真で、夫の両親の横で取り澄ました笑顔で笑っている私を見ると、「あ、これはスズだな」と分かったりしておもしろいです。また、ニュースで毎晩のように流れる様々な事件に、悲しがったり怖がったり落ち込んだりしているのは「涼」なのだ、ということも分かるようになりました。

私がプレゼンスに在ろうとしてもすぐに引き上げられてしまうのは、この大きな変化に彼女が不安がり怖がっているのために私の意識のドアを激しくノックするからなのだということもわかり、彼女の不安を受け容れることができるようにもなりました。

昨日、久しぶりに一人きりで電車に乗ったので、私はリラックスして電車の「がたん、がたん」という音と振動を楽しんでいました。「いまここ」の意識で聴く音はどんなものでもそうですが、このときの電車の音もまた、私の耳をとても喜ばせました。

すると、スズのいつものおしゃべりが始まったので(「あの人のワンピース、かわいいなあ。私もああいうの着てみたいなあ。でも足が太いから似合わないかも。」)、私はそのおしゃべりに対して、「電車の音を楽しみたいから、よかったら少しの間おしゃべりをやめてくれる?」と話しかけてみました。すると、彼女は「わかった」と答え、静かになりました。

私はまた電車の音に耳を傾け楽しみましたが、次の駅にも着かないうちにまたスズが「がたんがたん、がたんがたん・・・電車の音。あ、ここ、もう少ししたら揺れる場所だ。混んでる電車って手すりにつかまれないからグラグラしていやなんだよなあ。うわあ、揺れた!ほら、隣の人に当たっちゃった。この人、怒ってないかなあ」と話し始めました。
私が「ね、スズ、どうかな、もう少し、静かにしていられる?ほら、あなたのおしゃべりで電車の音が聴こえないよ。大丈夫、電車は揺れるものだし、周りの人もみんな一緒だから。誰も怒ってなんかいないよ」と話しかけると、「あ、ごめん。」とスズが言いました。

その率直な返事に思わず笑いながら、「いいよ、それがエゴだもんね。この世界で一緒にうまくやりたいね。でもいまは、危ないことはなんにもないから、電車の音が聴きたいな。私、ちゃんとここにいたいな。」と言うと、スズは、「うん、それが私なの。情報収集、分析、判断。音が聴こえたらなんの音か知らなくちゃならないし、それにちゃんと対応しなくちゃいけないの。空気を読んで、みんなに好かれたいの。でも・・・そうだね、わかった。」と言い、そのあと私が家に帰りつくまでの間、静かでした。

家までの道のり、私は電車の音を聴き、雑踏の中をゆっくり歩き、雨の音と空気の涼しさを楽しみ、私のエゴが一時身を引いてくれたことに感謝しました。

彼女のことを知っていたようでほんとうには知らなかった「涼」が、どんなことを嫌い恐怖や不安を感じるのか、またどんなことに優越感や期待を感じ喜ぶのか、そばで観つめながら驚く日々です。

スズが完全に私を信頼し、彼女が私自身ではなく私の一部であるということ受け容れ、そのことを誇りに思ってくれるような関係を築きたいと、思っています。

そのためにはどうしたらいいのか毎日試行錯誤ですが、レナードさんの言葉を支えに、すぐに引き上げられてしまったとしてもその都度穏やかにプレゼンスに戻ること、その状態で彼女の声を聴き続けることを、心掛けています。

たくさんの感謝をこめて。(30代 女性)

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