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「いまここに在る」ことがもたらしてくれる変化

レナードさんの教えに出会い、「いまに在る」ことを意識するようになってから、私は自分がしょっちゅう不安に襲われていることに気がつきました。

幼い娘は私の状態にとても敏感で、たとえば私がどこか蚊に刺されればすぐに気がつき「かゆいねえ」と顔をしかめますし、コンタクトが乾いて私が目をしばたいていると、それを見ていた娘の目にも涙が溜まります。
ですから、私が不安に襲われたとき、彼女はそのことを瞬時に見抜き私の不安と共振してしまいます。そして彼女の「楽しい気分」は、一瞬にして見事に崩れてしまいます。

私のこの不安感が、私自身のみならず家族の日常にまで影を落としているのだという事実に気づいたとき、私は、レナードさんが指し示めしてくださっていること、「いま」を拠りどころにして不安と向き合うということを、実践してみることにしました。

まず、私の不安がどんなときに立ち上がるのかを観察してみました。すると、一番強く現れるのは「娘か夫が体調を崩しかけたとき」だと気がつきました。私はそれまで、夫や娘を心配するのは私が彼らを大切に思っているからだ、と考えていました。

でも、「いま」に在ることを心掛けながら自分の中にせり上がってくる不安を観察しているうちに、違う、そうじゃない、と気がつきました。強い不安が立ち上がってくるとき、そこにあるのは家族への愛情という建前の陰に隠れた、古い記憶でした。その古い記憶は、私が幼かった頃に繰り返し聞かされたいくつかのストーリーを、繰り返し繰り返し語っていました。

不安に襲われたまま、私はそのストーリーに耳を傾ける。
生まれた直後に亡くなった私の姉と、生後3か月で肺炎で亡くなった兄の話。終戦直前に中国から引き上げてくるとき祖母が目にしたという、道に転がる子どもたちの遺体。小さい子どもは簡単に死んでしまうのだ、あなたは運よく生きているのだから頑張らなくては、と語る母の悲しげな顔。人生は救いようもなく理不尽なのだという、不吉な予言を孕んだ暗い物語。

立ち上がる記憶は力強く、私は自分の不安とそのストーリーをいっしょくたにしそうになるけれど、レナードさんの言葉が私を「いま、ここ」に引き留めてくれる。「過去は去った。それはただのストーリーで、いまここにある現実とは何の関係もない」。実にまったくその通りなので、強烈にせり上がってくる不安のさなか、私はそのストーリーから一旦自分を引き離すことができる。古いストーリーはさておき、いまここにあるこの不安をとにかくしっかり感じてみよう、と思うことができる。

そして私は、不安を感じている自分の体に意識を向けてみる。胸が締めつけられる感覚、手足がしびれ血の気が引くような感覚、自分には何もできないという無力感を伴う吐き気。それらを全身で感じたまま、一瞬一瞬現実に聴こえてくる音にただひたすら耳を澄ます。窓の外を車が通り過ぎる音、小鳥の鳴く声、どこかの子どもの笑い声。

突然、意識のスペースが変化していることに気がつく。カメラがズームアウトしたように私の視点が後ろに下がり、不安の周りを深い深い安らぎが満たしていることを発見する。不安は依然として同じ大きさでそこにあるけれど、空間が広がったことで、いまやその不安は小さく見える。

その瞬間、その不安は私のすべてを覆い尽くし支配するものではなく、私の片隅で息づくただの感情に変化する。私は、深く安らぎながら不安を感じ取るという、今まで経験したことのない不思議な状態を味わう。ストーリーと切り離され「いまこの瞬間」に運び込まれた「不安」は、酸素を失った炎のように、やがて実際に小さくなり、消えていく。まさに、レナードさんが指し示したその通りに。

この体験のあとも、相変わらずこの不安はやってきます。でも、立ち上がる不安はその都度明らかに弱くなっていて、いずれは消えていくだろうことを感じます。

そしてなにより、やってきたその不安を「いま、ここ」で感じることによって、不安の周りにある広くて深い安らぎの空間を、私は何度でも観ることができます。レナードさんが語る真実の通り、「いま、ここ」で不安を受け容れることで、「不安」が「安らぎ」への入り口であることを知りました。

また、プレゼンスの光に照らして見るならば、自分をつまづかせる石に見えたものが自分の中の閉ざされたドアを開ける鍵に変化するのだ、ということも。
こうして、「不安を恐れる気持ち」は、私から消え去っていきました。不安がやってきても大丈夫、それはただの感情で、もはや私を傷つけることはできないのだから、と。

私を襲い続けたこの強烈な不安は、家族間で無意識に受け継がれてきた一種の呪いだと、感じます。この呪いは、親から子へ、子から孫へ、形を変えストーリーを変え、それぞれの無意識を通じて生き延びてきたのではないでしょうか。でも、その呪いを無意識の世界から「いまこの瞬間」の気づきの中に連れてくるならば、呪いは色褪せやがては消えていくのでしょう。家族間で引き継がれてきた強くて古い感情を「いまこの瞬間」の支えのもとに解放できたなら、私は家族の負の遺産を、私の娘に引き継がせなくても済むかもしれません。

どう対処していいのかわからない自分の感情と向き合うとき、レナードさんの言葉がどれほどの導きと支えを与えてくださるか、レナードさんが開いて見せるシンプルな真実がどれほど揺るぎないものか、染み渡るように実感します。

私を導き続けて下さるレナードさんの教えに、言い尽くせないほどの感謝をこめて。(30代 女性)

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